海賊女王「グレイス・オマリー」とは?
グレイス・オマリーは有名なイギリスの女王・エリザベス1世と同時期に生きた女性で、エリザベス女王とはまた違ったタイプの女性リーダーとして時代を駆け抜けた人物です。
出身はアイルランドの一部族である、ウール王国の王女でしたが父王が戦死すると、親類に族長の座を奪われてしまいます。
しかし生来のカリスマ性のあった彼女は父の領土へと戻り、地元の族長と結婚するとその頭角を現し、夫が戦死すると船団を受け継いで女船長となります。
グレイスの勇敢で非情と言われる采配は周辺海域の人たちに瞬く間に伝わり、グレイス・オマリーは「海賊女王」の異名を持つ有力海賊となっていきます。
後に一時、立場が不利になることもありましたがグレイスはなんとエリザベス女王に直訴し、会見をするという大胆な行動に出ます。この会見はある意味「似た者同士」であった2人が意気投合したとも言われており大成功をおさめ、人質になっていた彼女の息子を開放することにも成功します。
その後もアイルランドの9年戦争に関与しつつ、時にはしたたかに立ち回りつつ73年の生涯を全うするのです。
「海賊と君主」という立場の違いはあっても時代を駆け抜けた女性リーダーとしてしばしばエリザベス女王と対比されることのあるグレイス・オマリー。
地元アイルランドではおとぎ話や童謡で唄われるほど讃えられた英雄でもある一方、したたかな立ち回りや寝返りを繰り返したこともあり、イギリスの正当な歴史の中ではそれほど大きく語られなかった彼女ですが、調べれば調べるほど魅力的なその生涯に今再び注目が集まっています。
波乱そのものだったグレイス・オマリーの生涯
王女として誕生するも波乱に翻弄される
グレイスは1530年、アイルランド西岸コナハト地方(現在のメイヨー州)にある「ウール王国」で、族長ドゥダラ・オマリーの一人娘として生まれました。
一族は従来「海と陸の勇者」を称し、交易で財を成していたといいます。父ドゥダラは莫大な収入を背景に、当時着々とアイルランド侵略を始めていたイングランドに対抗し、独立を守る立場の強い族長であったということです。
15歳で地元の有力な族長ドナルに嫁ぎ、長男オーウェン、次男マロウを授かりますが、夫のドナルは統治には無関心で戦いにばかり関心を示したこともあり、妻のグレイスが内政に携わり、まずはそこで才能・頭角を現します。彼女は実質的な部族の指導者としての役割を担うようになっていくのです。
その後夫は別の部族(ジョイス一族)と、コックス城の戦いのさなか戦死し、城も奪われてしまいます。
しかし夫の訃報を聞いたグレイスは直ちに一族を率いて報復戦に出て、仇のジョイス一族を、油断をついて殲滅しコックス城を奪還してしまい周囲をあっと言わせます。そのコックス城(雄鶏という意味ですが)は、その後彼女にちなんでヘンズ(雌鶏)城と改名されることとなるのです。
海賊女王グレイス・オマリーの誕生
夫のかたき討ちでその統率力を示したグレイスでしたが、結局は部族の慣習により女性が族長になることはできず、夫の従兄弟が次期族長に決まってしまいます。
それに異を唱えたグレイスは、彼女に心酔した一族200人を連れて父の領土に戻ることになります。
そしてクルー湾のクレア島に拠点を築き、父の船団を受け継ぎ、海賊業を開始することになります。この時のグレイスは二十歳前後と言われており、男尊女卑が一般的であった当時の社会では異色中の異色であったことは間違いありません。後に「海賊女王グラニュウェール」と言われる海賊女王の誕生でした。
海賊船長として卓越した手腕をもっていたグレイスは、イギリス、フランス、スペインの商船から次々と略奪を行い、莫大な財産を手にしていくことになります。
イングランドでは「グラニュウェール一味」と言われていた彼らの好き放題なやり方に脅威を感じ、また業を煮やしたイングランドは、軍を差し向けてグレイスの城を包囲します。
しかし戦いにも卓越した才能を持っていたグレイスは、3週間とも言われるイングランド軍の包囲を耐え、逆に突如攻撃に転じてイングランド軍を撃退してしまうのです。
このことでさらにグレイスの名はとどろくことになります。
再婚・出産・波乱に満ちた人生
イングランドの弾圧に対抗する力を見せつけたグレイスですが、後ろ盾となる人物はどうしても必要だったこともあり、ロックフリート城主であったリチャード=イン=アイアン・バークと再婚をすることになります。
ただ面白いのはその結婚自体が何と一年契約で、それ以降はお互いが望めば離婚できるとする内容だったことです。
多分に政略結婚としての要素が見られますよね。
そして、やはりというか一年後、グレイスは突如城を占拠するとリチャードを追放し、その城を手に入れてしまうのです!
しかしグレイスの情の深さか、それとも二人が相性は良かったのか、なんと二人は後に復縁し、三男ティボットも生まれ、生涯連れ添うことになります。
その三男のティボット誕生については逸話が残されています。彼は船上で生まれたのですが、グレイスは産後すぐに敵襲があり、出産直後というのに戦闘指揮を執っていたというものです。
グレイスの「たくましい女性」としてのイメージはこういう逸話からも強化されているようです。
イングランドとアイルランドとの争いの中でたくましく立ち回る
エリザベス1世当時のアイルランドはイングランドの侵略を受け、その一部として取り込まれようとしていました。
それに抵抗するアイルランドの族長など、同じカトリックであるスペインの援助を受けた有力者たちとイングランドとの間で熾烈な戦いや駆け引きが繰り返され、グレイスはそれに翻弄されながらもたくましく立ち回っていくことになります。
1583年、グレイスはアイルランド住民の蜂起に関わり援助したということで、コナハト総督であるリチャード・ビンガム卿にとらえられ、反乱の扇動者として絞首刑にされかかってしまいます。
その時はメイヨーの族長たちが人質を差し出すことで、処刑寸前で助け出されたグレイスですが、ビンガム卿は彼女の家畜や財産を没収し、さら反乱を鎮圧するとグレイスの三男ティボットを捕えて人質にとり、長男オーウェンは殺され、次男マロウはビンガム卿を恐れて寝返るという事態になります。
最後は船団まで没収され窮地に陥ったグレイスですがここで起死回生、エリザベス女王への請願と、直接の会見という大きな賭けに出ます。
生まれ年が3年しか違わない二人の会見は大成功をおさめ、エリザベス女王は三男ティボットの釈放、次男マロウの地位保全、そしてグレイスには忠誠を求めるのではなく、海賊に戻る許可を与えることになります。
賭けは成功しすべてがグレイスの思い通りにいったと言えるでしょう。
アイルランドとイングランドの間でたくましく立ち回り、73年の生涯を全うする
会見で一度は「生涯を通じて陛下の敵に対して戦う」と誓ったというグレイスですが、その後アイルランド9年戦争が勃発し、ヒュー・オニールを指導者としてアイルランドの抵抗が強まるとそれに加担してイングランドを海からかく乱するなど、したたかな一面を見せます。
しかし、アイルランド側の内紛で自身の三男、ティボットのマックウィリアム族長位が危うくなると旗幟を変え、ティボットを通じてイングランドと和議交渉を行い、1601年の戦いではなんとイングランド側に寝返ってアイルランド軍と戦っています。
「心からイングランドに屈したわけではない」というグレイスですが、その一方でしたたかに立ち回り一族の地位を保全していく一面も、グレイスならと言えるかもしれません。
そして1603年、エリザベス女王とほぼ同時期にグレイスは居城ロックフリート城で、波乱に満ちた73年の生涯を終えます。
グレイス・オマリーに今でも多くの女性が惹かれる理由とは
エリザベス女王との女性リーダーとして対比が、とてもあざやかです。
グレイス・オマリーが「海賊女王」とも言われているのは少し大げさなように思いますが、これは当時の『女王』であったエリザベス1世と対比して用いられている感があります。
二人は生まれた年も3年しか違わず死んだ時期もほぼ同じなのでとても対比されやすいということもありますが、男尊女卑が一般的だった時代にともに「男性に負けない」強い信念と意志力で運命を切り開き天寿を全うしたという意味では同じです。
生涯ただ一度の会見において、不可能と言われたグレイスの請願をエリザベス女王が奇跡的に受け入れ、彼女がすべてを取り戻すことができたのもエリザベス女王側に「特別な感情」があり、グレイスに共感していたからではないか?と言われています。
「自分と同じように男性たち負けず、自分の運命を意思力と才能で切り開いてきた」
「海賊として自分にはない魅力と才能を持っている」
こうした思いがエリザベス女王の方にあったからではないかと言われています。
類似性と、対比性。二人の女性リーダーを比べるとこれほど鮮やかにその2つがわかるというのも、グレイス・オマリーに多くの女性が惹かれる理由なのかもしれません。
強さ・したたかさ・そして情の深さ
グレイス・オマリーには様々な逸話が残っています。
三男を産み落としてすぐに敵襲があり、産後間もない彼女が指揮をとって撃退した話。
イングランド軍を21日の攻防戦の末撃退した話。
1年契約で結婚(再婚)した夫を本当に1年後に追放した話(笑)。
それでもその夫と復縁して三男をもうけ、生涯添い遂げた話。
エリザベス女王と会見し、対等の折衝をして意気投合したという話。
全盛期には11もの城を所有する一方、18カ月物囚われの生活で処刑寸前になったことのある彼女の人生は、それだけでも起伏に富んでいて魅力に満ちています。
何よりも男尊女卑が当たり前な時代にあって、こうした「強く、したたかで、情が深い」というイメージを強化するエピソードを数え切れないほど持つグレイス・オマリーは、現代を生きる女性にとっても勇気を与えてくれる存在なのかもしれません。
グレイス・オマリーには有力海賊としての顔や母親としてなどの顔がありました。
そうした一つ一つの顔において「後悔しない」という強い信念を持って生き抜いた彼女の魅力は、今でも衰えることはないのです。